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公開日:2019年3月15日
最終更新日:2019年3月19日

前回、前々回に引き続き受験記を書きます。今回で私の浪人生活も終わります。

頑張らないこと

2浪目に突入した。不本意ながら。

親には『女の子なのに2浪もするなんて』と軽く泣かれた。でも、頭を下げ浪人させてもらった。予備校の学費は祖父に頼んで出してもらった。

1浪を終えて学んだことは、

①体調管理をしっかりすること

②医学部だからこれをやらなくてはいけないと考えず、自分にとって必要なことを勉強すること

③頑張りすぎないこと

この3つだった。

 

近いことはいいことです

2浪目は上にあげたことを踏まえて浪人生活を始めた。

1浪目は駿台市谷校舎に通った。医学部専門校舎ということもあり、生徒のレベルと講師のレベルも高かった。

しかしながら、市谷校舎に通うには、毎日3時間を超える通学をする必要があった。これは、体力的にも好ましいものではなかった。

かといって、宅浪したら怠けてしまいそうなので、予備校に通った。予備校は、家から通いやすく、医学部を目指すことができるような予備校を選び、駿台の大宮校舎にした。大宮校舎は家から30分かからずに通えた。

また群馬や栃木の優秀な生徒が通う校舎で、医学部も群馬大学を筆頭に毎年、20人程度輩出していた。

市谷校舎よりは、確かにレベルは劣るが、1浪目に学ぶべきことは市谷校舎で学んだ。

私のやることは、体調を整え、来る1月2月必要な得点を取り、三月に合格することだった。

 

不真面目な浪人生

2浪目が始まった。大宮校舎は、東大と医学部を目指す子が同じクラスで勉強をした。

大宮校舎には、医学部を目指す子だけでなく、さまざまな大学を目指す浪人生がいた。

なので、市谷校舎とは雰囲気が大きく違い、ぎすぎすとした感じがなかった。私には大宮校舎のほうがあっていた気がする。

2浪目は1浪目の反省を踏まえた。自習室は21時半まで空いていたために、自習室には閉まるまでいた。しかしそれでも家につくのは22時より前で、家に帰ってからも寝るまでに時間があった。私は疲れをとるために家では勉強せずに家族と話すなどして時間を過ごした。そうした時間は私にとって心の充実感ももたらした。

私は4月生まれであったので、2浪目が始まるとすぐに20歳になっていた。そのために、2浪の時は少量ではあるが、毎日飲酒をしていた。

2浪目は余裕をもつように、あえて真面目過ぎず不真面目な生活を送った。

たまにさぼることもあった。でも、さぼった次の日はさぼったものを挽回するように勉強した。メリハリのある生活になった。

 

札幌医科大学は受からない

札幌医科大学を2回受験して思ったことが、私は札幌医科大学との相性が悪いということ。昨年、東京医科大学をはじめとした、いくつかの医学部において入試不正が認められ、大きな問題となった。大学との相性は絶対にある。受験生は自分を受け入れてくれない学校に対して、受けないという選択肢しか持たない。

このまま札幌医科大学を目指すことは正直あまり賢くないことに思えた。なので、2浪目は第一志望を北海道大学医学部に切り替えた。理由は札幌医科大学を目指すうえで、札幌という土地にも憧れを持ち、北海道大学も同じ札幌だったこと。

2浪目は志望校にずっと北海道大学を書いた。2浪目は成績がかなり安定して、北海道大学もA判定が出続けた。数学は一番の得意科目で、どのような模試でも偏差値65を切ることはなかった。駿台の記述式模試では、満点をとった。

 

背水の陣

正直2浪もしたために、もう後はなかった。

親もそれをわかっていた。医師になるために医学部に入る。そのためには、大学は最終的にはこだわらない。私立大学もできる限り受験することを親と話し合い決めた。

受験校は東京慈恵会医科大学、日本医科大学、昭和大学、東北医科薬科大学、東邦大学、日本大学、帝京大学、東京医科大学、埼玉医科大学を受けることにした。

順天堂大学は予備校の担任から2浪以上は受かりにくいことが言われていたために受験をしなかった(去年になって判明したが、順天堂大学は文部科学省の調査で、浪人生と女子を合格しにくくしていることが指摘され、大学側もこれを認めた)。

そして、センター試験の対策も抜かりなくやった。北海道大学は旧帝国大学の医学部の中では、2次試験を含めた総合点におけるセンター試験の点数の割合が最も高い大学で、毎年、合格者のセンター試験の得点は、9割を超えるような大学だった。

 

あとはやるだけ

志望校が決まれば、あとはやるだけだった。

授業の予習復習はしっかりやった。駿台のテキストはレベルが高く、難問と呼べるような問題をじっくり深くやるために、質のいい問題を取り組むことができたが、量としてはかなり少なかった。そのために自分で量をこなす必要があった。量への対策としては以下のようなものに取り組んだ。

数学は、大学への数学の『新数学スタンダード演習』と『新数学演習』。ただ、新数学演習に関しては、かなり難易度が高かったために、そこまでやりこむことはなかった。

物理に関しては、河合塾の『名門の森』、服部嗣雄著の『難問題の系統とその解き方 物理』もこなした。

化学は卜部 吉庸著の『化学の新演習』を解いた。

英語に関しては、河合宿のやっておきたいシリーズをすべて解いた。

 

センター試験対策は、10月ごろから始め、河合塾、駿台、代ゼミ、東進の予想問題集を解いた。

 

2浪目は実戦を意識したアウトプットを中心とする勉強を心掛けた。

 

センター試験92% 国語満点

私にとっての3度目のセンター試験となった。

私が第一志望としている北海道大学は国語と社会の傾斜が重かった。

センター試験は1日目に社会、国語、英語、2日目に理科、数学が行われる。

私にとっての正念場は1日目。この年は、国語がとても簡単だった。1日目を終え、国語に自信があったが、その日のうちには自己採点はしなかった。

2日目もとくに問題なく終えた。

帰ってきてさっそく、サザエさんを見ながら採点した。

国語は満点だった。社会はあまり振るわず、70点。すべての科目を合計して、92%。北海道大学の指定する点数換算で91%。

センターリサーチは北海道大学をはじめ、すべてA判定。迷わずに北海道大学に出願した。

 

私立受験は早々に終了

先ほども書いた通り、私立大学を受けまくった。受けまくったという表現がぴったりなくらい毎日のように受験した。

東京慈恵会医科大学と東邦大学を除く大学で、筆記試験を通り、2次の面接試験までいくことができた。

一番早く合格が決まったのは、埼玉医科大学だった。3人しかいない特待生で合格し、授業料の300万の免除を受けられることになった。埼玉医科大学に仮入学をしようとしていたところで、日本医科大学に合格した。そのために、仮入学は日本医科大学とした。

日本医科大学の合格がはやめに決まったので、2次の面接試験がそれよりもあとの大学には2次の面接試験に行かなかった。

 

加法定理を間違える

日本医科大に合格していること、センターリサーチでA判定が出ていることもあり、かなり安心していた。

いままでの模試の成績を見ても、今年は北海道大学に受かりそうだという雰囲気が自分自身にも親にもあった。

私の性格がそうなのか、みんながそうなのかはわからないが、改めて『今年は受かるにきまっている』という状況になると、『今年こそは受からないと』『これで落ちたらどうしようもない』といった気持ちになってきた。

ついに、北海道大学での2次試験を迎えるとやはりとても緊張した。

余裕だろうと甘く見ていた数学で加法定理を間違えた。化学の有機分野では、回答をことごとく逆に書いた。正直、試験が終わったときは、落ちたと思った。

試験が終わり、実家に帰ってからというもの、北海道大学の不合格を確信し、毎日、日本医科大学のパンフレットを見て、自分のキャンパスライフを妄想していた。

 

 

合格発表の日に2度寝 親に怒られる

合格発表の日は3月7日。10時に合格発表となっていた。

私はこれを9時だと勘違いし、9時すこし前に起きて、発表を待っていた。待てど暮らせど、発表されず、書類を確認したら。10時となっていた。気が抜けて、もう一度眠りについた。

再び目が覚めると12時を回っていた。親には受験番号を知らせておらず、親は私から合否を聞く以外になく、親からの心配のメールが来ていた。

急いで合格発表を見ると、私の番号がそこにあった。正直寝ぼけていて、よくテレビで中継される合格者の『あった~』というような喜び方はしなかった。

まず、予備校の担任に連絡。受験番号を知らせていたために、私の合格をすでに知っていた。きっと、私の北海道大学合格を一番最初に知ったのは、担任だった。とても興奮していた。そのあとは母親。メールで知らせたら、電話がかかってきて、おめでとうと言われるとともに寝過ごしたことを怒られた。私の浪人生活はやった終わった。

今、振り返って

私は今年医学部の4年生になる。幸いなことに留年せずに進級できているので、合格してから3年がたつことになる。

2年間の浪人生活はとても長かった。医学部に合格したとき、私には見せなかったが、母親が泣いたそうだ。最近父からそれを聞いた。

昨年、医学部における不正入試が問題となった。不正がなかったら、2年間の浪人生活はなかったかもしれない。しかし、不正がなかったら、私は、北海道大学に入ることもなく、いまここで、この合格体験記を書くこともなかった。

受験は結果しか見てもらえない。優秀な人でも落ちる。同じ試験を受け私よりも優秀な人がきっと落ちていただろう。受験というものはそういうものである。

ただ、そのことを常に意識して勉強に取り組むべきだろう。

受験に失敗してしまった人もいると思う。そこで終わるか再び挑戦し、大きく羽ばたくかを決めるのは自分だ。ともにがんばろう。

 

 

代表から

頑張りすぎないように気を付けた、とはいかにもこの講師らしい発言です。実際には北大の医学部にはセンター合計9割を切っていてもそれなりの数が受かりますし、札医にしても、道外勢には厳しいですが、合格者は出ています。ただ、結局のところ医学部に合格しなければ、医者にはなれないのです。だからこそ、医学部受験の重みが出てくるというものでしょう。

一つだけ言えることは、もしこの講師が私の生徒であり、今の私に習えていたら、今の高上に来れていたら、おそらく現役の時点で札医に受かっていたであろう、ということ。

能力もあり、ひたむきに頑張る生徒が落ちるのは、生徒の責任ではないのです。

 

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この記事の著者

高上
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